AWSの金融経済圏、コスト削減から事業変革へ軸足

駿河翼

クラウドサービス世界最大手の米アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)が金融業界へ攻勢をかけている。サービス開始から15年の節目の年、米証券取引所ナスダックが北米で運営する基幹システムを全面移行する方針を明らかにしたほか、米ゴールドマン・サックスがAWSと投資家向けのクラウドサービス事業への参入を発表した。採用が広がる背景にはクラウドによるコスト削減にとどまらず、事業モデルの多角化へ「ソフトウエア会社化」を志向する金融界の動きがある。

ナスダック、30年までに全市場クラウド化

「10年以上ともに歩み、金融業界のクラウド移行を先導してきた会社だ」。米ラスベガスでAWSが3日まで5日間にわたり開いた年次顧客・開発者会議「re:Invent(リインベント)」。AWSのアダム・セリプスキー最高経営責任者(CEO)が基調講演の冒頭で紹介したのが「クラウド移行計画」を宣言したナスダックの事例だった。

ナスダックは2022年から、米国内で運営する一部のオプション市場の基幹システムをAWS上に全面移行すると明らかにした。採用するのがデータ処理にかかる応答時間を早める「エッジコンピューティング」という技術だ。ナスダックのデータセンター内にAWSのサーバー群を置くことで、データのやり取りにかかる遅延を抑える。北米で運営するほかの取引所も段階的に移行する計画だ。

ナスダックはAWSと組んで全面クラウド化を目指す(写真はナスダックのフリードマン社長兼CEO)

ナスダックは5年ほど前から取引所の周辺システムのクラウド化を進めてきた。20年9月には北米や欧州の一部市場を25年までにクラウドに移行したうえで、30年までに全28市場を移す計画を明らかにした。採用するクラウドベンダーはこれまで明らかにしていなかったが、アデナ・フリードマン社長兼CEOはAWSの選定理由について「市場に求められる低遅延や耐障害性を維持できる確信を得られた」と説明した。

「テック企業」を標榜するナスダックにとって、AWSは新たな事業モデルの推進に欠かせない存在になった。同社が注力するのがクラウド経由でソフトウエアを提供するSaaS(サース)事業だ。すでにシンガポールや日本など130の市場でトレーディングや清算業務などのシステムを外販している。導入先は暗号資産(仮想通貨)交換所や「スポーツベッティング」(スポーツの賭け事)にも広がり、SaaS事業の年間売上高は前年比42%増の6億2000万ドル(約700億円)を見込む。

世界25拠点、データセンター81カ所

米アマゾン・ドット・コムがAWSを始めたのは06年、社内で開発したデータ管理機能といった自社技術を外部に公開したのが原点だ。現在も「メインフレーム」と呼ばれる大規模汎用機を使う金融機関は多いが、クラウドはシステム構築に伴う費用や運用維持費、人件費といったコスト全体の削減効果が得られる。AWSは今では世界25拠点に81のデータセンター群を持つ規模にまで広がり、利用者は数百万アカウントを超える。

サービス開始当初はコスト削減の手段として、仮想サーバーやデータベースを低コストで使いたい企業の需要を取り込んでいた。ただ、低コスト路線だけでは競合他社との価格競争になるリスクをはらんでいた。AWSが過当競争を逃れて成長を続けたのは、クラウドの「機能」と導入先の「業界」を広げた2面戦略が奏功したことが大きい。

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