金融庁が巡らす深謀遠慮、地銀を「地域人事部」に

中谷庄吾

霞が関の中で新興官庁の金融庁は各種会議でも末席に座ることが少なくない。半面、霞が関の中で他を寄せ付けない権限を握る最恐官庁でもある。そのアンバランスさは時に金融処分庁の姿を現し、時の政権も制御しきれない独特な立場に映ることもあるが、政策推進の上では爆発力を生み出す。そんな金融庁が今、政権内で存在感を発揮しようと深謀遠慮を働かせている政策がある。「地銀の『地域人事部』」構想だ。

(中谷庄吾)

金融庁が狙う「地域人事部」構想とは何か。それを知るには大阪を見るのが最も早い。

2021年9月13日夕、女性向け人材紹介サービスを手掛けるWaris(東京・千代田)の田中美和共同代表の受信箱に一通のメールが届いた。

Warisの田中美和共同代表は提携に向けた池田泉州銀行の動きの速さに驚いたという

件名は「【ご挨拶】池田泉州銀行」。銀行名は聞き知っていたが、突然のメールに少し首をかしげながらも開いてみると、「連携の可能性も含め、ご面談の機会をいただきたく存じます」と書いてある。信じられないようなやりとりだが、この飛び込み営業がほぼ1カ月後の10月18日、Warisが地銀と初めてとなる業務提携を結ぶきっかけだった。

池田泉州銀は顧客の間で女性社外取締役といった求人ニーズを開拓し、Warisが手掛けるサービスの登録者を紹介する。21年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)では社外取締役を一定割合以上にするよう求めており、多様性の面から女性の登用も促している。こうした流れを受けて、企業が池田泉州銀に相談を持ちかけることが目に見えて増えていた。ただ、池田泉州銀は紹介できる人材を知らない。新聞記事をきっかけに知ったWarisは同行にとってまさに光明と言え、ツテをたどった末に冒頭のメールに行き着いた。半年あまりで、すでに5件のマッチング作業が進んでいる。

すでにマッチングが実現している領域もある。

池田泉州銀行の支援でクインさん㊨や近藤社長室長といった人材が進栄化工に入社した(大阪市)

「はい、お電話ありがとうございます」。印刷加工の進栄化工(大阪市)のオフィスフロアで電話を受けた女性は20年4月に入社したベトナム人のレ・ティー・クインさんだ。当初の1年は通訳も兼ねてベトナム人の技能実習生とともに製造現場で働き、今は受注管理などの営業支援をこなす。

入社のきっかけは池田泉州銀が作った。外国人留学生の就職を支援する森興産(大阪市)や専門学校のエール学園(同)と連携して、中小企業と留学生が一堂に会する合同説明会を18年に開催し、翌19年に合同面接会に発展した。

19年の面接会で20人程度の内定が決まったが、そのうちの1人がクインさんだ。クインさん自身、「将来的にベトナムで事業所を開きたいという社長の構想と営業職に引かれた」と振り返る。

「仕事は日本人以上に丁寧なうえ、彼女が入社して多様な人材や考え方を受け入れようという雰囲気が職場に生まれた」と話すのは社長室の近藤昭仁室長。実は近藤室長自身も池田泉州銀の人材紹介で大手電機メーカーから進栄化工に転職した人物だ。

同行が留学生の分野に乗り出した発端も、顧客からの相談だった。人手不足の折、「外国人留学生で来てくれる人はいないか」というニーズが増加。中長期的な目線で見れば、海外戦略を担う人材を育てなければ、顧客はじり貧に陥りかねない。銀行員の目線で見ても、「外国人の採用を促せば、顧客の成長につながるのではないか」と映った。外国人留学生のマッチング成約件数は年間30件にも上り、人材紹介の成約件数の1割を占めるボリュームとなっている。

外国人留学生と中小企業をマッチングする合同企業面接会は21年3月、「令和2(2020)年度地方創生に資する金融機関等の特徴的な取組事例」に選定された。目を付けたのは内閣府。14年からまち・ひと・しごと創生本部(現デジタル田園都市国家構想実現会議)を発足させ、疲弊した地方経済の反転攻勢の足がかりを作るために、「地方創生」に取り組み続けていた。

実はこの内閣府で地方創生を推進していた主要メンバーこそ、金融庁から派遣された幹部たちだ。今の金融庁監督局の堀本善雄審議官もかつてこの事務局に籍を置いていた。継続的に事務局へ枢要な人材を派遣し、その数は常時2~3人に上る。監督業務に従事せず地銀とコミュニケーションを取る「金融庁の別動隊」とも言える。

「第2期『まち・ひと・しごと創生総合戦略』」(19年12月20日閣議決定)において盛り込まれた「地域人材支援戦略パッケージ」は、今では「先導的人材マッチング事業」という呼び名で知られる国の事業だ。高度なスキルを持った専門人材や経営人材を取引先に送り込んだ地銀に補助金を交付する仕組みで、地銀界全体に人材紹介事業を広げようという火付け役を担う。まさに「地域人事部」の部長役に地銀を指名した政策といえる。

これは金融庁の政策と連動していた。

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