金融庁に告ぐ 「大人の事情」を監視せよ

生保経営モードチェンジ  キャピタスコンサルティング・森本祐司代表(後編)

 金融庁が2019~20年にかけて開いた「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議」の議論は新しい健全性基準を導入するための土台づくりだった。その舞台裏では新基準を「骨抜き」にしようとする生保業界と「大人の事情」をなるべく排除しようとする有識者の間で神経戦が繰り広げられた。
 論争の一つが前編で論じた「ロック・イン思考からの脱却」で、もう一つが後編で論じる〝政策的配慮項目〟と呼ぶ「大人の事情を許容するか」だった。金融は細部に悪魔が宿る。細かい変更点がその規制の実効性を失わせかねない。専門的で部分的な論争だったが、中には「妥協の産物的な方策」も残ってしまった。
 キャピタスコンサルティング森本祐司代表は「経済価値ベースのソルベンシーマージン比率(ESR)」を正しく取り扱わなければ、モラルハザードを招く恐れがあると警告する。「生保経営モードチェンジ」の森本論考後編は金融庁に対するメッセージである。
(NIKKEI Financial 編集部 金融エディター・玉木淳、渡辺淳)

「2022年頃を一つのマイルストーンに設定して~中略~2024年春頃の基準の最終化、2025年4月より施行(2026年3月期より新規制下での計算を開始)」。20年6月、有識者会議が出した報告書は導入に向けた工程を明記した。

その心は「金融庁の監督」、つまり、数値規制を第1の柱とすれば、第2の柱として金融庁が厳しく目を光らせることにある。それは規制の肝である「経済価値評価」を巡る論争が起きていたからだ。

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「経済価値評価」とは

まず「経済価値評価」をおさらいしたい。

経済価値評価とは常に前提条件を最新のものに洗い替えながら保険負債を評価することだ。保有する資産についても、将来得られるキャッシュフローを時価で評価する。これまでは一定の仮定を置いており(ロック・イン方式)、リスクとリターンを厳密に財務諸表に反映できていなかった。

保険負債は将来、保険金の支払いがどの程度発生するのかを示し、前編ではそれを数値で示すことが難しかった時の課題を論じた。ただ、保険会社も内部管理を強化し、将来キャッシュフローの見込みと合わせてコントロール可能にする手法も進化している。ある程度コントロールするための資産運用術、それがALM(Asset Liability Management、総合的な資産・負債の管理)だ。

保険負債は個別契約で見ると、額もタイミングも不確定要素が多いが、保険会社は多くの契約を保有することにより、その不確定要素を安定化させることを狙っている。いわゆる「大数の法則」だ。

将来の支払額は期待値周りに収れんしていくことが想定され、そこで「相応に確定した保険金支払い=保険負債」をどう保証するかが求められる。将来の確定した支払いに合わせるには将来の確定した資産を持つのが最も効率的である。これがALMの第一歩となる。

これまでのロック・イン方式の場合、その後、価値が変動してもそれを反映できない課題があった。確定利付資産を持ったとしても、負債の評価は固定されている一方、資産については「将来の確定キャッシュフローの価値の変動」、すなわち金利の変化で価値が変動してしまうからだ。

会計上、例えば保有区分を変える(編集注:「満期保有目的」に変更すれば取得価格=簿価を計上することができる)ことで資産の価値変動を見えないようにすることはできるが、それでは、負債にふさわしい資産を持っていてもいなくても、お互い価値が変動しないだけということになってしまい、ALMの巧拙は結果に表れない。

一方、経済価値で評価すると、ALMのうまい会社と下手な会社が明確に分かるようになる。そこに競争原理が働き、結果としてリスク管理の高度化にもつながっていく。そのためにも負債・資産ともに経済価値で評価することがとても重要なのである。

報告書の中で「このような保険会社の事業構造の特徴を踏まえ、将来のリスクも十分に踏まえた経営管理を行っていく上では、経済価値ベースの考え方が有効」とさらりと記されているが、そこにはこうした背景がある。

制度導入の課題多く

ではさっさと経済価値に移行すればよいではないかと思われるが、いざ評価方法をルール化しようとすると様々な課題が生じる。業界からは商品開発に対する影響を懸念する声も出ていた。

報告書にある「制度の導入に当たり留意すべき点」はそれを意識したものだ。中でも本質的と思われるのが3つ目の「保険会社の主体的なリスク管理高度化等への影響」であろう。

評価方法をルール化すると、どうしてもその手法は個社の事情が捨象された最大公約数的な計算手法となってしまう。

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